Chaos&Sword 〜呪われた剣〜
『呪われた剣』
カイ達が営む便利屋「カオス＆ソード」はその名の通り、モンスター討伐からアイテム入手までどんな仕事も請け負う利用者側からすれば便利な職業である。
今回もいつもと同じように依頼を受け、その依頼を果たすために元勇者とその仲間達は駆け回る。
――これはそんなお話。
「で、カイよ。今回はどんな依頼なのだ？」
どこからどう見てもネコにしか見えないマデューが依頼内容について訊いた。
カイは懐から紙を取り出し、内容を読み上げる。
「えーっと、依頼者はシオン・ア――」
「そこはどうでもよい！ 内容を伝えんか、内容を！」
「ハイハイ……アイテム入手の依頼だな。ターゲットは『呪われた剣』で、ジャンク洞穴のどこかにあるらしい」
これでどうだと言わんばかりに読み上げた紙をマデューに突き付ける。それを受け取ったマデューは自分で目を通すと軽く鼻を鳴らす。
「かなり簡単な依頼だが、問題は『呪われた剣』とやらの詳しい在処だな……」
思案顔をするマデューと比べてカイの表情は余裕満々。
まるですでにこのアイテムの詳しい場所を知っているかのよう。
「なんだカイ、その顔は。吐き気がするぞ」
嫌みを込めて言った言葉も、カイには通用しない。
「だいじょぶか？ この世界にエチケット袋は無いからその辺で出してこいよ。むしろここ出だしても良いんだぞ？ そのシーンに挿絵は無いから人気にも影響しないだろ」
「始まって早々そんなぶっちゃけ話いらんわ！」
マデューが吐くものは悪口に文句に毛玉くらいだろう。
それはさておき、カイ達の現在位置などの情報を少し詳しく説明しよう。
現在地はどこかの街の宿屋で時間は夜！
「ちっとも詳しく無いではないか！」
「うるさいぞマデュー、早く寝ろよ！ 明日も早いんだから！」
「ってもう寝る体勢だと⁈」
カイはすでに部屋のベットに潜り込んでいた。
「宿屋に来たら『はい』って選択肢を選ぶだけで容赦なくすぐに翌日になるんだよ！」
「そんなゲームみたいな話あるわけが――」
眠りますか？ 「はい・いいえ」
カイは「はい」を選んだ。
翌日。
「ホントに容赦ない⁈」
というのは床に寝転がって巨大な鼻提灯を膨らませているマデューの寝言です。
「うーん……」
そんなマデューのうるさい寝言で目が覚めてしまったカイがその日、最初に見たものは、
「おはよう、カイ君」
メガネを掛けた男だった。
「うウォォォル‼」
その男の名前と驚きの声を同時に上げたが、カイの布団に潜っていた男のちゃんとした名前はウォルと言う。いつもいつもカイに付きまとっている迷惑な奴である。
しかし、その実力はカイも認めざるを得ない程のものだったり。
「またお前か！ いい加減にしろっ……よ！」
布団から追い出そうとするカイだが、寝ている間に完全にマウントポジションを取られて馬乗り状態。体重を掛けられて身動きが取れない。
「いいじゃないかカイ君。ボクは君に興味があるんだ」
「お前が興味あるのは俺自身じゃないだろ！」
なおももがき続けるカイ。それを押さえつけるウォル。
端から見ればＢでＬな関係に見えなくもない。というか、むしろそれにしか見えない。
「ちょっと、うっさいわよ！」
そんな時に部屋に入ってきたのは、諸々の事情で一緒に仕事をしている悪魔になりつつある天使の、まいだった。
彼女は別室で泊まっていたのだが、良いタイミングで入ってきた。
さて、まいにこの状況はどう見えるだろうか？
きっと受け（カイ）と攻め（ウォル）に見えた事だろう。
「朝っぱらから何やってるのよぉー‼」
目覚めてから間もなく不快なものを見せられて怒りが湧き出し、まいは我を失った！
まいの目の前に一つのタマが魔法で生成され、そのタマを介して天使の強力な魔法が放たれる。その名も、神の雷（と言う名のレーザー）。
「ァァァちょっと待っ……！」
「問答無用ぉー‼」
ドッカァーン！
放たれた魔法は宿屋の壁を粉々に粉砕し、大穴を開けた。
「安っぽい効果音だな」
轟音で目が覚めてしまったマデューは、冷静にそんな事を呟いた。そうやって冷静でいられるのも立ち位置の関係上、魔法の被害を受けなかったからであり寝起きだからでもあるだろう。
「迫力が出ないのはしょうがないでしょ、基本は文字だけの世界なんだから」
「貴様もぶっちゃけるでないわ！」
仲間の問題発言に律儀に突っ込むマデュー。偉い！
しかし「安っぽい効果音」というものぶっちゃけた台詞である事に気付いていないマデュー。
これぞ寝ぼけパワーか。
「ぶっちゃけないとアタシの鬱憤も晴らせないというものだわ。そんな事よりも――」
不自然にニッコリと微笑むまい。その笑みによからぬ悪寒のようなものを感じたマデューからはどっと冷や汗が滲む。
「――肉球触らせて♪」
「い、いやだぁー‼」
無理矢理マデューを抱え上げて肉球をプニプニとプッシュするまい。
「カイ！ 我を助けよ！」
いつものようにカイに助けを求めるが、そのカイは先程の魔法で吹き飛ばされてしまった。つまり、今回は誰も助けが居ない。まいにされるがままのマデューだった。
「あーん、癒されるぅー……」
……もしかするとまいは、これを思う存分やりたいが為にカイを吹き飛ばし、マデューは巻き込まれないように上手く狙ったのかも知れない。
一方吹き飛ばされたカイは、
「いい加減にしてくれ！」
未だに懲りていないウォルに追いかけ回されていた。
「そう言わずに、研究させてくれないか！」
「アホかぁー⁉」
まいの魔法でボロボロの服装のまま、二人は外を元気に駆け回っていた。これが子供ならまだ許されたかも知れないが、宿屋がある場所はガッツリ街中。
爆音を轟かせて宿屋に大穴を開け、その音で町の野次馬達を呼び寄せてしまい、その人混みの中を男二人がよく分からん事を叫びながら走り回っている光景は、人々にはどう見えただろうか？
きっと宿屋を爆破した犯人はあの二人に違いないと、そう思われるに違いない。
一人でもそう思った人間がいたら、集団心理というやつで例え違っていたとしてもそう思い込んでしまうものだ。
結果、その後はこうなる。
「さて、捕まって牢屋に放り込まれてる二人をどうするかだけど……」
カイとウォルは捕まってしまいました。
町の中央にある噴水広場でまいとマデュー、一人（？）と一匹（？）がイスに座って今後の作戦を練っていた。
考えてみればこのツーショットは珍しいというか、ある意味ヤバイ組み合わせだ。
まいは魔王を探すために、魔王を倒したと言われているカイと行動を共にしている。そのカイと行動を共にしているマデューが、実はまいが探し求めている魔王なのだ。
つまり、まいの探している魔王はすぐ隣にいる事になる。
その辺りの詳しい事はマンガを読んで下さい。
「完全に説明がめんどくさくなっているのが分かるが、そういう事だ」
「急に何言ってるの？」
「いや、こちらの話だ。貴様は気にしなくてよい」
マデューはこの関係をちゃんと理解してます。
「そんな事よりも、あのバカ二人をどうするか、という話だったか？」
「その通り。そこで、アタシからいくつか提案があります」
それを聞いたマデューは少し感心する。
（助けるなんて事考えなくても、あの二人なら自力で抜け出す事は造作も無いだろうに）
そんな事はまいも分かっていると思うが、助けなきゃいけないと思うのは悪魔になりつつあるとは言えやはり天使だからだろうか。
「あの二人は見殺しにして、アタシ達で仕事を続けない？」
「どうやって助けるかの提案ではなかったのか⁈」
「え、そんな事一言も言ってないよ？」
確かにまいは「あの二人どうするか？」と言っただけで、どうやって助けるかとは言っていない。
完全にマデューの早とちりで勘違いだ。
（ちょっと待てぇ……我は魔王であるというのに、二人を助ける事を優先に考えたのか⁈）
その通りです。
（魔王なのにか⁈）
今は魔王とは呼べないです。
（じゃあネコだからか⁈）
それは関係無いかも。
（貴様は誰だ⁈）
作者（ユウキ）です。
「言うにゃー‼」
「きゃ⁉」
何やら考え事に耽てしまったマデューがいきなりネコ語で叫び声を上げた。
「急にどうしたの、ネコちゃん？ アタシ何か悪い事言った？」
常識的に考えれば悪い事を言いましたとも。
我に返ったマデューは「いかんいかん……」と言いながら自分の頬をペチンと（毛でそんな音は鳴らないが）叩いた。
「いや、実に良いアイデアだが、却下だ」
マデューにとって天敵であるカイから離れられるので今回の騒動は実にいい機会だが、そうすると今度はまいと一緒に行動しなくてはいけなくなる。
もしマデューが魔王だとまいに気付かれた時、チリも残さず速攻で消されるかも知れない。例えバレなくても毎日毎日、無理矢理に肉球をプニプニされてしまうだろう。
そんなのはイヤだ。
ならばまだカイの傍にいた方が安全というもの。癪に障るが魔王だとバレてもカイなら何とかしてくれるかも知れないし。
そういう訳で、まいの提案は却下した。
「あの二人が今どんな顔をしているのか見に行こうではないか」
素直に助けに行こうとは言えないマデューでした。
「分かったわ。じゃ目指すは二人が囚われている牢屋ね！」
「うむ！」
まいの見殺し案は冗談だったのか、呆気なく了承すると勢いよくイスから立ち上がり堅く握り拳を作る。
「もし元気だったらぶん殴る！」
「二人が健康な状態でいるのがそんなにイヤなのか⁈」
見殺せないなら実刑に処す！ みたいな考え方に乗り移ったようだ。今度こそカイとウォルを自らの手で屠り、大好きな（ネコバージョン）マデューと旅を続けるという腹積もりらしい。
「さぁ行きましょう！」
「無視かい‼」
具体的な作戦などは今の所特に無いが、行きながらでも考える事は出来る。とりあえず移動を始めたマデュー達だった。
そしてその頃、元勇者なのに牢屋に放り込まれたカイは、ブツブツと独り愚痴ていた。
元ではあるが、勇者という肩書きに固執している訳ではないのでこの扱いに不満がある訳ではない。不本意ではあるが公然の前であんな事をしてしまったのだ。むしろ牢屋に入れられるのは当然と思っている。
しかし、よりにもよって――
「ああカイ君っ！ 牢屋に入るのは久しぶりだよ！」
「――なんでこいつと一緒なんだよ……⁈」
ウォルと同じ牢屋に入れられていた。カイが愚痴っていたのはこれについてだ。普通は別々にするだろ⁈ と。
「昔はちょくちょく捕まってたけど、その度に破壊して抜け出してたなぁ」
ずっとこの調子だ。
ウォルなんかの話を聞いているよりは監守さんと話してる方がマシだと判断したカイは鉄格子に顔を近付ける。
牢屋の中も、通路も、不自然に暗かった。
「なぁなぁ監守さん。なんで俺はこいつと一緒の牢屋な訳？」
鉄格子を挟んですぐ隣に立っている監守さんは、きっちり監視という仕事をこなしながらも質問に答えてくれた。
「お前ら宿屋を魔法で爆破したんだろ？ 近くに居た人が強力な魔力を感じたって言ってたからな。だから一つしかない特別製の牢屋に入ってるんだ」
なるほどね、とカイは思った。牢屋に放り込まれた瞬間、何か違和感を感じたのだ。悪い感じではなかったので無視してたが、そういう訳だったのか。
実は牢屋に連れてこられる最中、ウォルに耳打ちで「お前の切断能力を使ってすぐ出るぞ」と言ったのだ。しかし監視の目が最初のうちは厳しいのですぐに行動に移すとバレやすい。だから牢屋まで行って落ち着いたら逃げ出そうという作戦だったのだが、それが裏目に出てしまったようだ。
どうやらこの特別製の牢屋の中だけ、魔法領域が存在出来ないらしい。つまり、魔法が使えないという訳だ。
こうなると、カイの空間創造もウォルの空間切断も使えない。
ただの無力な人間だ。
「ウォル、どうだ？」
監守に聞こえないように小声でウォルに今一度魔法が使えないか確認を取る。
「やっぱりダメだね。切断出来ない」
同じように小声で結果を返してくる。
「そうか……」
やはりカイもウォルも魔法は使えないようだ。
このままではどうしようもない。
（どうしようもない？ そんな訳あるか。この程度の状況、どうにでもなる。この俺を舐めるなよ）
いつになく真剣な顔付になり頭がフル稼働フル回転する。何かここを抜け出すためのアイデア、作戦、戦略、何でもいい。何か出てこい。ここを出るために出てこい。
そう思いながら頭を捻っていると、
「呼ばれて飛び出てジャジャンジャジャンってね」
誰かの声が聞こえたと同時に、ドサッ……と監守さんが倒れた。
「その声はゼクか？」
アイデアでも作戦でもなく、ふざけた奴が出てきた。
「その通りでございますよっと。俺様の名前はゼク。相変わらず静かに盛り上がってるようだねぇ、元勇者」
いきなり登場したゼクは、カイの頭の中の事を言ったのだが、
「矛盾してるぞそれ」
正しく伝わらなかった。元より意味が通じた所で何がある訳でもないのでゼクは気にしない。
「そんな事よりいいタイミングに来た！」
何はともあれゼクは敵ではない。ようやく出られると考えたカイは助けを求める。
「ここから出してくれないか？ じゃなかった。出せ！」
なぜそこ言い直した⁈
「出してやりたいところだが、ほら、俺様は魔力の塊でしょ？ だから開けようとして触れたら、その瞬間に消滅しちゃうのよ。例えるなら、塩で出来た壁に幽霊が突撃する感じ？」
分かりやすいような分かりずらいような例えだが、とにかくその行為は自滅になるという事はよく分かった。
しかしそうなると、どうしてゼクがこんな所に姿を現したのかが分からない。
「話の腰を折るようで申し訳ないが、キミはどうしてここにいるんだい？」
そこに入ってきたウォルは、カイが気になっていた事を代わりに訊いた。
「なぁに、簡単な事ですよ」
帽子のツバを指でクイッと押し上げて言い放った。
「お前らをバカにしに来ました」
「助けろよ‼」
考え方を改めよう。ゼクは敵だ！
「冗談だよ。あまり本気にすんなよな」
「冗談かよ……」
なぁーんだ、やっぱりゼクは味方――
「本当は嘲笑いに来た」
「なお悪いわ！」
「そこでしばらく汚い飯を食べてるがいいさ！ それではご機嫌よう……」
「おい、ちょ、待っ――！」
ゼクの体が揺らめきだし、ロウソクの灯火が消えるようにフッと姿が見えなくなった。
ゼクは言いたい事だけ言って姿を消してしまったのだ。
「マジで嘲笑いに来ただけかよ⁉」
「あいつはそういう奴だ。しょうがないよカイ君」
「……だな。ま、お陰で一つ出る方法を思い付いた」
ゼクはただ喋って帰っただけなのに何かが出て来たらしい。
「どうするんだい？」
「地道に頑張るのさ」
カイの目には、やる気の炎が灯っていた。
「じゃあ作戦はそれでいいわね？」
「うむ。強行突破だな」
カイとウォルの二人が捕まっているらしい場所の入り口に立って、考えた作戦の最終チェックをしていた。
と言っても作戦は単純明快。マデューが言った通り強行突破だ。
まいもマデューも細かい事を考えるのは苦手で、「これでいいんじゃない？」「じゃそれで」みたいな軽いノリですぐに決まってしまった。
「じゃあ行くわよ！ せーのっ……！」
バン！
タイミングを合わせてドアを蹴破った。
「突撃ィー‼ って、あれ？」
「ぬ？」
いきなり戦闘になると思って身構えていた二人はすぐに異変に気付いた。
中に居た人が全員倒れている。受付の人も、監視の人も、すべて。そういえば最低でも二人は居るであろう門番も見当たらなかった。
明らかに様子がおかしい。何かあったようだ。
「すごく静かね……人っ子一人見当たらないわ……！」
「貴様の目は節穴か⁈ 足下を見ろ足下を！」
「あら本当。こんな所に虫ケラが」
げしっげしっ。
「蹴るなぁぁ！」
「生きてるか確認しただけよ。ちゃんと手加減したわ」
「加減の問題ではない！」
「あ、手加減じゃなくて足加減だったわね」
「そうそうそこが問題……って違う！ そういう事ではない！ 常識というものを知らんのか貴様は！」
だいぶまいの悪魔化が進んでいるらしい。何故かその元凶であるマデューの方が常識的になっている。
まいはマデューの影響で、マデューはカイの影響で、それぞれ良くも悪くも影響を受けているようだ。
「転がっているコイツ等をよく見てみろ」
「どれどれ……あ、奇麗なネックレスね！」
「そうそう、ここに居る奴らは皆オシャレ――じゃない！ 見るとこそこじゃない！ ここ！ こーこっ！」
マデューが指差す部分は、首筋の辺り。そこをマデューの言う通りよく見てみると、洋服の襟が黒く変色していた。
焦げていたのだ。
ついでに言うと、襟足もチリチリになっている。
「恐らく、コイツ等はみんな手刀で気絶させられた。その際、そいつの腕は燃えていたのだ。この意味が、貴様なら分かるはずだ」
「なるほど。つまり料理をしていたら調理用のお酒が腕にかかって炎上し、暴れ回った結果、偶然全員を手刀で倒してしまった……と」
「ドジッ子にも程があるぞ⁉」
それが合ってるのであれば、暴れただけで全員の後頭部を正確に狙えるなんて神懸かり的のドジになる。
「ゼクだ。ゼクの奴がここに来たのだ」
「あー、あのよく分からないふざけた人ね」
名前が出てようやくまいも誰がこんな事をやったのか分かった。
「でも厄介事が減ったし、好都合なんじゃない？」
確かに。
結局はマデュー達の手によってこうなる予定だったのだから、まいの言う通り楽が出来てよかった。
「そうだな。ではコイツ等の目が覚めてしまう前にさっさと用を済ませようではないか」
マデュー達は泡を吹きながら倒れている人達を完全に無視してカイが囚われている牢屋を探してやけに暗い通路をひた走る。
ガコォ……ン……ガコォ……ン……。
中程まで走り続けていると、通路の奥の暗闇から一定間隔で何かの音が聞こえて来た。まるで、鉄格子を叩いてるかのような音。
「この音は？」
「恐らくカイだな。悪足掻きでもしているのだろう。行くぞ！」
音のする方向へ走っていると、いきなり「出来たァァァー‼」という大音量の大声が聞こえてきた。
そしてこの声には聞き覚えがある。やはりカイで合っているようだ。
「カイ！ そんな所で何をやっているのだ⁉」
聞こえてきた音の出所に近付くにつれ、暗闇で見えなかったその姿がハッキリと見えてきた。
そのカイは両手を掲げて喜びに打ちひしがれているように見える。
完全に視認出来るようになってようやく気が付いたが、カイは牢屋の外に出ている。先程聞こえてきた「出来たァァァー‼」という声は牢屋から出る事が出来た、という叫びだったのだろう。
「おおマデュー！ いい所に来た！ ちょっと聞いてくれよ俺の奇跡体験を！」
「そんな事は後回しだ！ 早くここから出るぞ！」
「あそっか。よし分かった！」
カイと合流を果たしたマデュー達は早々にここを去るため、走り出そうとした時、
「待つんだカイ君！ ボクを忘れていないかい？」
先程カイが放り込まれていたと思われる牢屋の中から男の声が聞こえた。
そしてカイからも小さく舌打の音が聞こえた。
「忘れる訳ないだろ」
忌々しそうにそう言うカイはゆっくりと鉄格子の前へ。
その牢屋の中に居たのはウォルだった。それを見たマデューは、同じ場所に閉じ込められていたのだと知って、心の中で同情した。いつもあれに付きまとわれて苦労しているのを知っていたからだ。
普段は「ざまーみろ！」と笑っていたが今回限りはこの狭い空間に二人きりだった事に免じて特に何も言わないでおく。余計ないざこざは避けたいし、今は非常事態だった事もあるが。
「だからこそここに置いていくんだ」
カイは怖い笑顔でそう言った。
いつもいつも付きまとってくるウォルとはここでお別れ。これでようやくノビノビと仕事が出来るというものだ。
「そういう訳だから。んじゃな！」
軽ーく挨拶をしてカイ達三人は走り去ってしまった。
未だ牢屋の中で取り残されているウォルは、
「カイくぅぅぅぅぅーーーん‼」
さながら、雨の中で捨てられた女のようだった。
牢屋から脱出する事に成功したカイ達はそそくさと街を離れ、今は暗い森の中でキャンプ中。
脱出と言うよりは、完全に脱走。もしくは脱獄。これも立派な犯罪だ。
勇者カイ・ハザードと言う人物は今や廃れて、人々からは忘れ去られてしまった。
しかしその名前の偉大さは健在なので、カイが犯罪を犯したと知った人々は一体どんな反応を示すだろうか。
世界を救った勇者なのに、と反感を買うのか、それとも世界を救った勇者だから、と許してもらえるのか。
いずれにせよやってはいけない事をやった事実は変わらない。
それなのに。
「マデュー聞いてくれよ！ 俺の奇跡体験を！」
喜々として話しているのはあの牢獄での事。
自分が勇者だった自覚が無いのだろうか。今やカイは完全にお尋ね者になっている。
「そう言えばあの時そんな事を言っておったな」
すっかり暗くなった森の中、カイ、マデュー、まいの三人で焚き火を囲んで、暖まっている。
「一体どんな奇跡体験をしたって言うのよ」
まいは焚き火に手をかざしながら、不機嫌そうに聞いた。
なぜ不機嫌そうなのかと言えば、カイが助かった事によりマデューと二人きりではなくなってしまったとか、思いのほかカイが元気だったからとか、まだ殴ってないとか、そんな理由。
「まずはあの時の状況をよく思い出してみて欲しい。お前等から見てあの時は何か異変とか感じなかったか？」
そうカイに言われて二人は自分の記憶を掘り返してみた。まだ記憶に新しいのでハッキリと覚えている。
覚えてはいるが何がおかしかったのか二人ともよく分からない。
「あ、もしかして――」
まいが口を開いた。
「あそこって不自然に暗かったよね！」
「ブー」
速攻で外れ宣言を喰らったまいはさらに機嫌が悪くなり、頬を膨らませてソッポを向いてしまった。
「確かに暗かったが、あれは道に迷わせるためのトリックだ」
内部構造はどこを歩いても同じように見え、なおかつ暗くて先が見えなければ自分がどこを歩いているのか分からなくなる、というもの。さらに目印も暗さで見つけにくいため、どこに何があるか把握している関係者以外は道に迷う事必須だ。
「迷った挙句、レベルが上がりまくって出てきたボスは超楽勝！ なんてのはよくある話だけどな」
しかし逃げる時はカイが先導して走っていたが一切迷う事無く、分かれ道に悩む事も無く、一直線に出口まで走っていた。これはどういう事だろう。
「ではなぜ迷う事無く出口まで行けたのだ？」
それについてマデューが聞くと、
「実は俺の視界の隅っこにはミニマップが表示されてるんだぜ？ これも勇者なら誰でも持ってる特殊技能だ！」
「嘘をつけぇ！ あれはマップを入手しないと発動せんだろうが！ ……ハッ、まさかカイ、貴様……！」
「そのまさかさ！」
カイは自分の能力である空間創造を使って通常空間に穴を開け、その穴に手を突っ込む。
「じゃじゃーん！」
そして引っ張り出したのは、マデューが考えていた通り、あの牢獄のマップだった。
「やはりな……。売っている物ではないし、買う暇も無いだろうから誰かから掠め盗ったんだろう？」
「そんな事しないさ」
それも嘘だろう、とマデューは思った。
「牢屋に案内されてる時に地図を盗み見て頭に叩き込んだし、その時は明かりもあったからそれっぽい目印も見つけられたし、だから地図なんて無くても出られたんだよ」
「相変わらず抜け目の無い奴だ」
カイの土壇場で発揮する力や機転には毎度のように驚かされる。
「じゃあ何で地図持ってるのよ」
まだ機嫌の直らないまいが聞いてきた。
「拾った」
「どこで？」
「牢屋を出てすぐさ。ダンジョンを攻略する時って、大抵最初のうちに手に入るもんだろ？ 宝箱とかで。俺の場合はポケットという宝箱からだけど」
「それを盗ったと言うんだよカイ君⁈」
思わず丁寧語で突っ込んだマデュー。
「まぁそう目くじらを立てるなよ。俺が話したい奇跡体験はそんな事じゃないんだ。結構逸れちまったから、話を戻すぞ」
そしてカイは時間を少し戻した場面から話し始める。
「お前ら二人が来た時、俺はどこにいた？」
「牢屋の外であろう？」
「そうその通り！ ではどうやって出たでしょう？ って言うのが俺の奇跡体験の話だ」
「ほう、それで？」
「お前らがこっちに向ってる時に音が聞こえてきただろ？ あれは鉄格子に体当たりをして俺の居場所をお前らに知らせてたんだよ。だが真の目的はそこじゃなかったんだ」
「そうだったのか。では真の目的とやらは何なのだ？」
「よくぞ聞いてくれました！ 真の目的とは――」
「目的とは？」
「――壁抜けだ！」
「はぁ⁈」
「まぁ正確に言えば鉄格子抜けだが、それを狙って体当たりを続けてたんだよ！ そしたら出来たんだ！ これってすごくね⁈」
「凄すぎて言葉も出んわ！」
「いやぁ、理論上は出来るって話をどこかで聞いたからさ、試してみたんだ。出来る確率は頭が痛くなるくらいの確率だったけど、やれば出来るもんなんだな！」
頭が痛くなる以前に実践なんかしたら体の方が痛くなるだろう。
「我は今、確率うんぬんよりもそれをやろうと思った事が信じられん……しかも出来てしまうなんてもっと信じられん……」
「やろうと思ったっていうか、思い付いたんだよ。ゼクのお陰で」
「む、やはりゼクの奴が来ておったのか」
「おう、気付いてたのか。流石だな」
「ふん。貴様は知らんだろうが、ゼクの手によって気絶させられた人間がゴロゴロと中に転がっておったのだ」
「なるほどな、そう言う事か」
「何がなるほどなのだ」
「あいつはなんだかんだ言ってやっぱり味方なんだって事だよ。お前らの突入の手助けをしてくれたって訳だ」
「ゼクの手など借りずとも我が一人いれば問題は無かったがな」
「マデューは余計なお世話だって言ってるぞ、ゼク。居るんだろ？ 出てこいよ」
「なに？」
「いやぁさすが元勇者、気付かれてましたか」
三人で囲んでいた焚き火が異常なまでに不自然に揺らめき出し、その炎が人の上半身の形を取るとそこで停止した。
それは燃え続ける焚き火の中に人が立っているかのよう。
その人とは、言わずもがなゼクである。
「我はこんな奴の温もりを長時間感じておったというのか⁈ 寝る！ 寝て忘れてやる！」
ゼクの登場と同時にマデューは機嫌を損ね、すぐに寝る体勢に入ってしまった。
「やれやれ……。おい、まい！」
マデューが寝るというのでついでにまいにも寝るように促そうとしたのだが、そのまいはとっくに眠っていて、天使は夢の世界へ旅立っていた。
膝を抱えたまま寝るのは苦しい姿勢だと思うのだが、かといって寝かせる為に抱き抱えたりなんかしても、万が一起きてしまったら何と言われるか分からない。
これ以上厄介事が増えたりしないように、布を肩にかけてやる程度に止めておいた。
「まだ話したい事があったんだがな」
牢屋に連れてこられる間に実は監守さんと結構話をしたのだ。
自分は新人だから緊張している、とか。あとは家族の話とか。
かなりいい奴だった。こんな仕事は向いてない。もっと他に自分に合う仕事があるだろうと思うくらいに。
「なんなら俺様がその話聞いてやってもいいんだぜ？」
「いやいい。お前がその監守さんぶっ倒しちまったんだからな」
「その監守さん、ってのは？」
「何でもないよ。さっさとどっか行け」
「あーそうですか。ではこの辺で失礼するとしましょう」
ゼクが背を向け、消えてただの焚き火となろうとした時、
「おいゼク」
カイが呼び止めた。
「二人を手伝ってくれてありがとな」
そして、お礼の言葉を述べた。
その言葉を聞いたゼクは、カイにも分からぬ程の小さな笑みを浮かべて、
「…………」
何も言わずに消え去った。
「さて、仕事を始めますか」
皆さん忘れてる方もいらっしゃるとかもと思いますが、今回の話は「呪われた剣」を入手するって話ですよ。在処は「ジャンク洞穴」です。
「そうね。色々あって本編からだいぶ外れてしまったものね。どっかの誰かの所為で」
「「人の所為にする（な！）でない！」」
少なくともまいが魔法で宿屋を破壊しなければこんな事にはならなかった。
「とにかくだ！ ようやく目的地の『ジャンク洞穴』に着いたんだから、さっさと行くぞ！」
「うむ」
「ええ」
カイ達三人は進む先を見据える。そこには、一言で言うのであれば見上げる程巨大なゴミの山があった。そこが呪われた剣があると言われているジャンク洞穴である。
積み重なったゴミの山に大きな隙間を見つけ、そこに入ってみると中は意外に広く、段々と地下へ道が続いているようだった。
「気を付けろよ。罠が大量に仕掛けられてるって話だからな」
大量のゴミで出来た山の中には、未だに使われないまま捨てられたトラップ類が数多く存在する。
ねずみ取りから始まり、パワーアップバージョンの虎ばさみ。さらには音に反応して襲ってくるモンスターを詰め込んだ瓶が入ってる箱が何箱もあったりと、近所で情報収集をしただけでもかなりの量があった。
中には当たれば即死と思われるトラップもあったりして。
何かと困難を極める仕事になりそうだった。
「もしかして罠ってこれの事かしら？」
ポチ。
「え、ちょ」
カイが何か言おうとした時、左右のゴミで出来た壁から矢が頭を正確に狙って飛んできた。
「……っく！」
その左右から飛んできた合計二本の矢を体を反らす事で辛うじて避ける。
「俺の話聞いてた⁈ なに適当にそれっぽいボタン押しちゃってんの⁉」
もし避ける事が出来なかったらカイは今頃頭に矢が刺さって落ち武者となっているか、ボルトの代わりに矢が刺さったフランケンシュタイン辺りになっていただろう。
このような例えをしてもカイ達には理解出来ないだろうが。
「……チッ」
「こいつ今舌打ちしたぞ！ 狙ってたんだな⁈」
「そんな事無いワヨーボタンがあったから押したダケー（棒読み）」
「何で棒読み⁈ てか頼むから余計な事しないでくれよ！ なぁ！」
「えいっ」
ぽち。
「おま」
まいが同じボタンをもう一度押すと、今度は上下左右から矢が四本……なんてもんじゃなく、それはもう大量に射出された。
それはカイだけではなく、近くに居たマデューまでもが巻き添えを食らう。
「だぁぁぁ！」
「ぎゃぁぁぁぁ⁈」
まさか自分の所にも矢が飛んでくるとは思っていなかったマデューは完全に避け切れず、四方八方から飛んで来る矢の嵐の餌食となってしまった。
カイは矢の嵐の中心に居て、全て避ける事は出来なかったからいつの間にか手に持っていた刀で切り払い叩き落とし可能な限りは避けて難を凌いでいた。
「だいじょぶかマデュー⁈」
「うむ」
「そ、そうか……」
しかし返ってきた返事はあっけらかんとしたもので、大した外傷は無い――ように見えた。
「いや待てマデュー。頭に矢が刺さってるぞ」
「な、何だと⁈ そんな馬鹿な！」
言われたマデューは自分の頭を探ってみた。すると、確かに矢のような細い棒が頭に刺さってるというか、頭から生えているというか。そんな感覚があった。
「似合ってるぞマデュー。……ぷぷっ」
「可愛いわよネコちゃん。……ぷぷっ」
「絶対そう思ってないであろう⁈ というかどうして我は無事なのだ？」
「さぁ……？ まぁ大丈夫なんだからそのままで大丈夫だろ」
「大丈夫でも大丈夫ではない！ ビジュアル的に問題があるであろうが！」
「心配すんなって。どうせ今回も挿絵は無いんだからそのままでも平気だよ」
「そ、そうか？ それならば安心だな」
この辺で挿絵。
「ってうおぉぉい！ 挿絵が！ 挿絵があるではないか！」
「あホントだ。改めてこう見るとアホっぽいな。……ぷぷっ」
「アタシはまだ可愛いと思ってるわよネコちゃん。……ぷぷっ」
「もうよい！ なんか引っ張っても痛くないけど取れないし、このまま行く！」
「ファンサービスか？」
「断じて違うわ！」
「アタシはそのままでいる事が嬉しいと思ってるわよネコちゃん。……ぷぷっ」
「その『……ぷぷっ』ってネタまだ引っ張るの⁈」
「そうそう引っ張ると言えばここにそれっぽいヒモがぶら下がってるんだけど、引いてもいいかしら？」
「「だめぇー‼」」
「えい」
ガチャン……。
カイとマデューの静止の言葉は届かず、まいはそのヒモを引いた。
すると、今まで歩いてきた通路の奥の方から「ズゥン……」という腹の底に響くようなずっしりとした何かが落ちる音が聞こえてきた。
「なぁマデュー……これってもしかして……？」
「うむ……我もそう思う」
このジャンク洞穴の構造は地下へ向って通路が延びている。つまり下り坂になっているのだ。そしてたまに分かれ道があったが殆どが一本道で出来ている。
ズズズズズゴゴゴゴゴゴ……‼
遠くから段々と重量のありそうな音が近付いてくる。
「やっぱりな！ 全員走れ！」
そしてついに姿を現したそれは、まん丸としたデカイ鉄球。それが猛烈な勢いでこちらに転がって来ているのだ。しかも大きさは通路とほぼ同じサイズ。これでは隙間に潜り込んでやり過ごすという事が出来ない。
「あんなに重い物が転がってるのによくこのゴミ山崩れないわね」
「心配するとこそこじゃねぇだろ⁈」
まいが暢気な事言っている間にも巨大な鉄球はその勢いを衰える事無く転がり続けている。
「とにかく逃げるぞ！ 走れ！」
罠としてはよくある展開をその身に感じながら、三人は必死に一本道の通路を下って行く。
「げっ！ 行き止まり⁈」
やはりこのジャンク洞穴の罠はそんなに甘く無いようだ。
途中で分かれ道があったものの全員で同じ方向へ曲がってしまい、後に続く鉄球も追いかけるように同じ方向へ曲がって来たのだ。
「いや、横道があるぞ！」
依然として頭に矢が刺さったままのマデューが言った。
突き当たりのすぐ右手に、鉄球が通れないくらいの通路がまだ続いている。
「みんなあそこに飛び込めぇ！」
カイが指示を飛ばし、それに従うマデューとまい。
紙一重という所で鉄球の脅威をかわし、大量のゴミと衝撃を周囲にまき散らして行き止まりに巨大な鉄球は激突した。
「ふぅ……みんな、だいじょう――ゔぁえ⁈」
カイが台詞を言い切る前に一難さってまた一難。
鉄球が激突した衝撃で足下が崩れたのだ。罠的に言うのであれば、落とし穴だ。
巨大な鉄球が転がって来ても崩れないゴミ山とはいえ、やはりそれにはムラがあって、強度の弱い部分もあったのだ。
強度のある場所は、あるいは何度も鉄球が通って踏み固められたのかも知れない。
「くそっ！」
手に持っていた刀を壁に突き刺して落下の衝撃を少しでも抑え、あわよくば着地……というか激突する前に停止するつもりだったのだが、
ガキィィン‼
突き立てた刀は情けない音を立ててゴミに弾かれてしまった。ちょうど硬いゴミがあった場所に突き立てたらしい。
「ならもういっちょ！」
もう一度刀を突き立てようと構えた。
「って折れてるし！」
しかし先程のでその刀は根元の辺りからパックリと折れてしまい、刀の意味を成さなくなっていた。
「こうなったら……」
空間創造で作った穴に手を突っ込んで、その中にある別の剣を引っ張り出そうとした。
のだが。
「あ、そういえば金無かったからほとんど売ったんだった」
宿屋で休ませてもらえないくらいに無一文だったカイ達は、どうせもう使わないだろうと装備の全般を売っぱらってしまったのだ。
「ってそんな事言ってる場合じゃねぇ！ どうにかしないと！」
と言ってる間にカイは容赦なく、そして呆気なく地面に激突した。
相当な高さがあったためダメージは半端なものではなかったはずなのだが、
「いってーなぁ……ったく」
この程度で済んでいた。
なぜならば、落ちたポイントにクッションとなった柔らかいゴミが落ちていたからだ。
こういった強運を持ち合わせている事も勇者には必要な事なのだ。
「ゴミも捨てたもんじゃねーな」ゴミだけに。
「そのシャレつまらんぞ」
「うっさい！ 俺自身が言ったんじゃない！」
体に着いたホコリを手で払いながら立ち上がる。
「お前らは大丈夫なのか？」
「うむ」
「ええ」
「そういえばお前ら飛べるんだったな……てか飛べるなら助けろよ！」
「無理だ。我には重すぎる」
「無理ね。アタシには重すぎるわ」
「マデューは羽ちっこいから分かるけど、まいはそんな事無いだろ⁈」
「そんな事あるわ！ か弱い天使は自分を飛ばすので精一杯なの！」
「それって、自分の体重が重――」
「滅ぶ？」
「ごめんなさいすみませんでした」
滅ぼされるのはマジで勘弁……とカイは深々と頭を下げる。
「そうだマデュー。ついさっき気付いたんだが……」
「なんだ？」
頭を下げて何とか天使の許しをもらったカイは、次にマデューの異変を指摘した。
「頭に刃が刺さってるぞ」
「なんだとぅ⁉」
つくづくマデューは頭に何かを刺すのが好きらしい。
「あ、ちょっと待って。もしかしてそれ……」
よく見てみると、その刃は奇麗に折れたものだった。
まだ持っていた折れた刀を合わせてみる。
ピッタリ合わさった。
「きききききっと、鉄球がぶぶぶぶつかった時に散らばったゴミミのの中にああああったんだろうな！」
「そうか、貴様の所為か」
「なぜ分かったァ⁈」
「それだけ動揺しておれば誰でも分かるわ！」
「だ、大丈夫さ！ どうせ挿絵は――」
「ちょっと二人とも。……ヤバイかも」
二人の日常にもなっているバカなやり取りを、真剣な言葉で止めさせたまい。
まいの視線のその先には、見上げる程巨大なモンスターが居座っていたのだ。
様々な動物が混ざり合った、四つ足の、いわゆるキメラという奴の容姿をしている。
そのキメラは自分のテリトリーに侵入された事に気付き、唸り声を上げている。
唸り声は威嚇なんかではなく、既に臨戦態勢に入っているようだ。
「こんなデカイモンスターが入れる程の空間がこのゴミ山にあるなんて意外だわ」
「自分で掘ったりして広げたんじゃないか？」
「カイ、まさか許可は出るんであろうな？」
「ああ。でもあまりデカイ魔法は使うなよ。生き埋めはゴメンだからな」
鼻から死ぬ事は頭に無い発言。
それを聞いたマデューは不適な笑みを浮かべる。
「分かっておるわ。我を誰だと思っている？」
「へっ……マデューだろ？」
「……いかにもっ‼」
その言葉を皮切りに、戦闘が始まった。
カイは右に、マデューは左に回り込み、まいはその場でタマを呼び出し魔法の詠唱を始める。
キメラの目標は、見た感じ一番弱そうなマデュー。
「我を狙うとは愚かな！」
右に振り向きつつ強力そうな豪腕でマデューを狙い、薙ぎ払うように前足を振ったがそれをジャンプで難無く避けられ、マデューは空中に躍り出た。
そのまま空中で素早く魔法による水の刃を三つ作り出してキメラに放つ。
それらは空気を引き裂き飛翔してキメラの巨漢に命中するが大したダメージは無さそうだった。流石に大きいだけの実力とレベルを持ち合わせているようだ。
「ぐあっ⁈」
しかもキメラは器用な事に、マデューを前足で攻撃しつつ何本も生えたしなやかで強靭な尻尾が、反対方向にいたカイまでもを捉え、同時に攻撃していた。
何とかガードは間に合ったが、巨大な尻尾の勢いを殺す事は出来ず、盛大に吹っ飛ばされてゴミの壁に激突してしまう。
「カイ⁈」
「大丈夫だ！」
詠唱を続けるまいの言葉に鋭く返事を返したカイは、自らに鞭を打ち素早く立ち上がった。
ガードが間に合ったとはいえ考えてみれば今のカイは丸腰。盾も無ければ剣も無い。この状況で戦うのは不利だ。
（何か武器になる物は⁈）
マデューが注意を引きつけてくれている間に周囲を見渡し、武器になりそうな物を探す。
（なんだよ、いっぱいあるじゃん！）
カイが目を付けたのは、まいが詠唱中の魔法。
なんと彼女の周りには白黒く輝く騎士の剣が、夥しいと言える程の規模で漂っていた。
その数は今も増加中で、どうやらまいの詠唱時間に比例してその数を増していくようだ。
「一本借りるぜ！」
「あ、ちょっと！ ……もうっ」
一本少なくなった程度で影響が出るような魔法じゃない。まいはそれだけ言うと再び詠唱に神経を研ぎすませた。そしてまだまだ増える騎士の剣。
「待たせたなマデュー！」
カイの接近に気付いたキメラは自らの牙や爪でマデューを翻弄しつつ、自在に操れるらしい複数の尻尾でカイを攻撃する。
首を曲げ、体を捻り、かする程のスレスレで全てをかわしつつ、まいから借りた剣で尻尾を一閃していく。
見事な切れ味を発揮した騎士の剣は、頑丈そうな尻尾を両断し、キメラに悲痛の叫びを上げさせた。その咆哮で発生した音と衝撃はドーム状になっているゴミの空間内を反射し、カイ達の鼓膜を破らんと襲いかかってくる。
「ぐっ……‼」「ぬぅ……⁈」「きゃぁ！」
思わぬ反撃によろけてしまう三人。まいに至っては折角召還した大量に数があった騎士の剣の数が半分以下にまで激減していた。
キメラはその隙を逃さず、自身を回転させてカイとマデューを蹴散らした。
マデューはその羽で壁に激突する寸前で静止する事が出来たが、羽など付いていないカイはまたしても壁に激突してしまった。その時、攻撃の威力に耐え切れなかった騎士の剣は光の粉となって大気中に分散してしまった。
再び武器を手にするためには、まいの所まで行かなくてはいけない。何とか咆哮に耐えて詠唱を継続し、騎士の剣を喚び出し続けてはいるものの、飛ばされた方向が悪く、まいまでの距離が結構出来てしまった。
かなりの集中が必要とされるためこちらに一本だけ飛ばす事はとても出来ない。
（何とかしないと……‼ ん、これは……？）
壁に激突して崩れたゴミの中から、見覚えのある一本のサーベルが出てきた。
真っ黒な刀身に真っ黒なオーラを放つそれは、間違いなく依頼された品の「呪われた剣」だった。
何の武器も無い今は迷っている暇はない。すかさず呪いの剣を手に持ち、装備した。
「マデュー、あいつを引きつけろ！ まい、その魔法で隙を作れ！ そのあとは俺がやる！」
簡潔に指示を出し、カイは空間創造の穴に空いている手を突っ込んだ。
「我に命令など一生早いわ！ 乗ってやるがな！」
「左に同じよ！」
文句を垂らしつつもカイを信じて命令された事を実行する二人。
戦闘を開始した時、マデューとの体格の差に戦慄していたが、マデューはその体格差を上手く使い攻撃を避け、隙あらば魔法を放ち、これ以上無いくらいに仕事を果たす。
まいはそれによって稼がれた時間で、激減する前までの量に戻った騎士の剣の切っ先を全てキメラに向け「行くわよ、ネコちゃん！」とマデューに注意を促してから、一気に全力を解き放った。
「ナイトソードパレードッ‼」
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ‼
召還した騎士の剣、合計で１６５本を余す事無くキメラにぶつけた。
肌が見えなくなる程の量である全ての剣が突き立ったキメラは、思わずよろける。
これで指示通り、これまでに無い程の大きな隙が出来上がった。
「でかした、二人ともっ！ こっちも見つけたぜ！」
カイは全力疾走でキメラに近付きつつ、空間創造の穴から手を引っこ抜いた。
「夢の共演だぁ‼」
その手に持っていたのは、まばゆく光り輝いた勇者だけが所持を許されるという伝説がある「聖なる剣」だった。
なぜそんな物を持っているのかと言うと、もともと持っていた物であるが、生活費を稼ぐために売ろうとしたのところ、店で売るとなぜか一番安い「回復し草」よりも安値が付くため、売らずにとっておいたのだった。
呪われた剣と聖なる剣の二刀スタイルになったカイは、その二振りを低く交差して構え、キメラの懐へと素早く飛び込む。
「くらえ、必っ殺……‼」
最大魔力のありったけのありったけを二振りに込めると、片方はより暗く、片方はよりまばゆく刀身が変化した。
引き絞った両腕を鋭く振り上げ、必殺の名を叫ぶ。
その名も、
「夢の共演切りィィっ！」
「「名前ショボー‼」」
カイの必殺剣技『夢の共演切り』がキメラに炸裂し、カイが込めた魔力によって切っ先が伸びた二本は、相手の体を何の抵抗も無く四等分にしてしまった。
こうしてダンジョン「ジャンク洞穴」のボスである「キメラ」を倒し、運良く依頼品の「呪われた剣」を手に入れたカイ達一行は依頼達成条件を満たしたのだった。
「だがまだ話は終わらない！」
「どうしたのよ急に。後は依頼人にその剣を届けて終わりでしょ？」
「そんな簡単な話じゃないんだよ」
「ではいったいなんなのだ？」
「例えるならば、屋根裏で発見した蜂の巣を駆除するくらいに簡単じゃない！」
「な、なんだと……⁉ それは確かに簡単な話ではないな……」
「え？ そうなの？」
「我は蜂は苦手なのだ。襲われてしまう……」
「え、なんでそんなに深刻そうな顔してるのよ？」
「それくらいこの話は重要って事だ」
「うむ。これは前代未聞であるぞ」
「てか何の話してるのよ？ ネコちゃんも何の話か分からずに乗ってるでしょ？」
「まぁそうであるが……」
「ほらやっぱり！」
「しかし、あの例えで重要性はしっかと伝わってきたであろう？」
「全然伝わんないわよ！」
「じゃあまいにも分かるように例えてやるよ」
「ええ」
「そうだな……例えるなら、体重が増えすぎて空が飛べなく――」
「消滅する？」
「例えばだって！」
「違う例えにしてちょうだい。縁起でもない」
「じゃあえっと……例えるなら、まいの好きな食べ物全ての頭に『魔王』が付くくらいだ」
「魔王団子……魔王チョコ……魔王パン……魔王アイス……。ただ事じゃないわね……っ‼」
「どうやら伝わったようで何よりだ」
「それでカイよ。いったい何が問題なのだ？」
「そうよ。そんなに大変な問題ならどうにかしないといけないじゃない」
「ああ、それなんだがな……」
「うむ」
「ええ」
「この『呪われた剣』……一回装備すると外せないんだ」
「…………」
「…………」
「そういう呪いがかかってるんだよ、これ」
「…………」
「…………」
「えっと……テルテルボーズの涙があれば呪いが解けるんだけど……」
「カイごと依頼人に受け渡せば無事解決？」
「うむ。もしくは腕を切断すればいい」
「あ、そっちの方が良いわね。面倒が少なそう」
「腕切断を面倒か面倒じゃないかで決めるなよ⁉」
「しかし手が剣から離れる保証はないぞ？」
「そこが問題なのよね……」
「ちょっと二人とも！ 頼むから助けてくれよぉぉぉっぉぉ‼」
「てかネコちゃん、その頭はどうするの？」
「あ……」
――おわり？
みなさま初めまして、A-KU管理人KyoHeyの弟のyoukeyです。今回の小説はラジオでも話した通り、お兄ちゃんから依頼を受けて書かせてもらいました。他人の作品を小説にするというのは初めての行いだったのでちゃんと形になっているのか心配でしたが、ご覧のように何とかみなさんの目に通せるくらいにはなりました。話は変わって、ウォルやゼクの出番がちょっと少なくなってしまって個人的には残念でなりません。しかしいつまでも書き続けている時間は残念ながらありませんでしたので、泣く泣く削らせてもらいました。ごめんなさい。内容的にいろいろ突っ込みどころがあったりと、まだまだ趣味の域を出ないクオリティーではありますが、これを読んで楽しんで頂けたら、僕がとても喜びます。そしてこれを機にこのホームページに沢山の人が集まってくれたらもっと喜びます。僕だけじゃない色んな人が。だから、これからも末永くよろしくお願い申し上げます！ youkeyでした！